脳の虚血?再灌流障害の分子メカニズムを解明 ―脳梗塞などの組織障害を軽減する新たな創薬戦略の可能性―

掲載日2023.12.11
最新研究

理工学部 化学?生命理工学科 生命コース
准教授 尾﨑 拓
生化学、細胞生物学、動物生理学

概要

岩手大学理工学部化学?生命理工学科生命コース 尾﨑拓准教授らの研究チームは、細胞内のミトコンドリアに局在するカルパイン-5が、脳へ悪影響を及ぼす炎症反応を促進する分子を活性化することを明らかにしました。この炎症反応は、脳卒中や心筋梗塞などの血管障害と結びついて、組織の機能障害を引き起こす虚血?再灌流障害の主な原因です。虚血?再灌流障害は、閉塞した血管を再開通させると、虚血時より障害が大きいといわれる再灌流障害を引き起こす可能性があり、死因4位の脳血管疾患の中でも最も発症率の高い脳梗塞や死因第2位の「虚血性心疾患」の心筋梗塞などでも起こり得る障害です。この研究により、炎症反応を伴う組織障害の新たなメカニズムが明らかにされ、その障害を予防する新薬の開発に向けて新たな道が拓かれました。
この研究成果は、凤凰体育平台5年11月9日にエルゼビアが発刊する著名な国際学術誌 Biochimica et Biophysica Acta - General Subjectsの電子版で全世界へ公開されました。

研究成果

一般の方向け

私たちの体は、酸素や栄養素を全身に運び込むために血液循環を使っています。しかし、動脈硬化や血栓などで血流が妨げられると、周りの組織には酸素や栄養素が行き渡らなくなり、正常に機能しにくくなります。この血流が悪くなることで起きる問題を最小限に抑えるためには、一刻も早く血流を正常に戻す必要があります。そのため、動脈硬化や血栓などが見つかった時には、手術や薬などを使って血流を元に戻し、組織の正常な環境を取り戻す治療が必要です。しかし、この治療方法は時に、血流が悪かった箇所の周辺の正常な細胞も巻き込み、組織の損傷を広げてしまうことがあります。このように、血流が阻害されることによる損傷(虚血障害)と、血流の回復に伴う損傷(再灌流障害)を合わせて「虚血?再灌流障害」と呼びます。特に神経細胞はこの障害で深刻なダメージを受けることが知られています。そのため、虚血?再灌流障害から神経細胞を守ることで、脳卒中や心筋梗塞などの血流に関わる病気の予後を改善できることが期待されます。しかし、なぜ神経細胞がこの障害においてダメージを受けるのか、また、なぜ正常な細胞が巻き込まれてしまうのか、そのメカニズムはまだ詳しくわかっていません。そのため、有効な予防策が見つかっていないのが現状です。

そこで、本研究ではカルシウムイオンで活性化する酵素タンパク質である「カルパイン-5」に注目して実験を行いました。尾﨑拓准教授の研究チームは以前の研究で、カルパイン-5がミトコンドリアに存在することを発見しました(発表済み論文1)。このカルパイン-5は細胞内ストレスに素早く反応し(発表済み論文2)、細胞傷害を促進する分子の切断?活性化を引き起こします(発表済み論文3)。このカルパイン-5が細胞傷害を制御している分子機構が、再灌流障害での細胞傷害を引き起こす可能性を調査しました。その結果、ヒト脳において、脳梗塞で神経細胞が脱落している周辺の細胞でカルパイン-5の発現量が増えていることが観察されました(図1)。このことから、正常な組織を巻き込んで傷害部位を拡大してしまう再灌流障害にカルパイン-5が関与する可能性が高いと考えられます。動物実験では、再灌流障害に対してミトコンドリアカルパイン-5が迅速に活性化していることが明らかになりました。さらに、再灌流障害時の神経細胞ではミトコンドリアカルパイン-5が細胞傷害を促進する分子を切断?活性化していることが観察されました。これらの結果から、ミトコンドリアカルパイン-5が再灌流障害において神経細胞にダメージを与えることが示唆されました(図2)。これは、虚血状態に陥った組織に対して治療を施す際に、逆にミトコンドリアカルパイン-5が周辺部の傷害を促進してしまうことを示します。つまり、ミトコンドリアカルパイン-5の活性化を抑制すれば、再灌流による組織傷害を抑える効果が期待できます。

今後、本研究チームは、ミトコンドリアカルパイン-5が関与するストレス応答経路の全貌を解明し、虚血?再灌流障害の治療法を確立することを目指しています。

図1 カルパイン-5を高発現するヒト脳梗塞領域周辺部の染色画像 <茶色に着色している場所にカルパイン-5が多く存在している>
図2 本研究でわかった虚血?再灌流障害時の組織および細胞傷害の分子機構モデル

専門家向け

カルパインは、主に細胞質に局在するカルシウム依存性システイン中性プロテアーゼで、ヒトでは15種類のカルパインファミリータンパク質が発見されています。尾﨑拓准教授の研究チームは以前に、カルパイン-5がミトコンドリアにも局在することを報告しました(発表済み論文1)。さらに、細胞質に局在するカルパイン-5よりもミトコンドリアに局在するカルパイン-5の方がカルシムシグナルに対する感受性が高く(発表済み論文2)、HeLa細胞における小胞体ストレス時にカルパイン-5が炎症反応を促進するカスパーゼ-4を活性化することを見出しました(発表済み論文3)。このように、カルパイン-5が生体内においても炎症反応を促進している可能性があるにも関わらず、その生理機能は未解明のままでした。

本研究チームは、本研究でマウス脳におけるカルパイン-5の酵素学的性質に焦点を当て、In vitro assayにより細胞質のカルパイン-5よりもミトコンドリアカルパイン-5のカルシウム応答が早いことを確認しました。この性質は、in vivoでも再現性が見られ、脳虚血?再灌流障害において、再灌流後の初期にミトコンドリアカルパイン-5が活性化することを明らかにしました。さらに、免疫組織染色の結果から、カルパイン-5は主に神経細胞で発現していることが分かりました。神経細胞におけるミトコンドリアカルパイン-5活性化の生理的意義を調べるため、マウス海馬由来神経細胞株HT22細胞でカルパイン-5をノックダウンした結果、カスパーゼ-11の活性化が抑制されました。カスパーゼ-11の活性化は、GSDMDの切断を通じて炎症性シグナルの放出やパイロトーシスの誘導に関与しています。また、ヒトの脳梗塞部位において、カルパイン-5の高発現領域が神経細胞の脱落した部位の周辺に見られ、グリア細胞のアストロサイトがカルパイン-5を高発現していることが認められました。これらの結果から、脳における虚血?再灌流障害の初期には神経細胞で、その末期にはアストロサイトで、カルパイン-5が組織障害を促進している可能性が示唆されました(図3)。

本研究では、脳虚血?再灌流障害におけるカルパイン-5の酵素学的ならびに生理学的特徴を解明しました。脳虚血?再灌流障害は、脳卒中や心筋梗塞などの血流不全に起因します。ミトコンドリアカルパイン-5に対する特異的な阻害剤の開発が今後の課題となりますが、本研究によって虚血?再灌流障害への新たな予防ターゲットが提案されました。今後、ミトコンドリアカルパイン-5を標的とした虚血?再灌流障害への薬物療法が新たに開発されることが期待されます。

図3 本研究で明らかになった虚血?再灌流障害での細胞内分子メカニズムのモデル

発表済み論文リスト

  1. Takeshi Iwamoto, Eri Ishiyama, Kinji Ishida, Tetsuro Yamashita, Hiroshi Tomita, Taku Ozaki ., Presence of calpain-5 in mitochondria., Biochemical and Biophysical Research Communications, 504, 454-459, 2018. https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2018.08.144
  2. Yusaku Chukai, Takeshi Iwamoto, Ken Itoh, Hiroshi Tomita, Taku Ozaki ., Characterization of mitochondrial calpain-5., Biochimica et Biophysica Acta - Molecular Cell Research, 1868, 118989, 2021. https://doi.org/10.1016/j.bbamcr.2021.118989
  3. Yusaku Chukai, Ginga Ito, Masahide Konno, Yuri Sakata, Taku Ozaki . Mitochondrial calpain-5 truncates caspase-4 during endoplasmic reticulum stress., Biochemical and Biophysical Research Communications, 608, 156-162, 2022. https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2022.03.156

掲載論文

題目

Role of calpain-5 in cerebral ischemia and reperfusion injury

著者

Yusaku Chukai(忠海 優作?岩手大学大学院理工学研究科?博士課程1年)
Ginga Ito(伊藤 銀河?岩手大学大学院理工学研究科?博士課程2年)
Yasuo Miki(三木 康生?弘前大学大学院医学研究科)
Koichi Wakabayashi(若林 孝一?弘前大学大学院医学研究科)
Ken Itoh(伊東 健?弘前大学大学院医学研究科)
Eriko Sugano(菅野 江里子?岩手大学理工学部)
Hiroshi Tomita(冨田 浩史?岩手大学理工学部)
Tomokazu Fukuda(福田 智一?岩手大学理工学部)
Taku Ozaki(尾﨑 拓?岩手大学理工学部)

誌名

Biochimica et Biophysica Acta - General Subjects

公表日

2023年11月9日

リンク

https://doi.org/10.1016/j.bbagen.2023.130506

【用語解説】

  • 動脈硬化
    血管が固くなること。これにより、血流が悪くなり、体の組織に適切な酸素や栄養素を運ぶことができなくなる。
  • 血栓
    血液中の成分が固まったもの。血管内で形成されると、血管を詰まらせる原因となる。
  • 虚血?再灌流障害
    血流が一時的に抑制されたあと、再び血流が復活した際に組織や細胞に損傷が生じる現象。特に神経細胞はこの障害に弱いため、脳卒中や心筋梗塞などで病態を悪化させる。
  • ミトコンドリア
    細胞内に存在する小器官であり、酸素を利用して細胞内の主要なエネルギー産生を担う。細胞の生存に重要な役割を果たしている。
  • カルパイン-5
    カルシウムイオンで活性化される酵素タンパク質。細胞内のストレスに応答し、細胞傷害を引き起こす可能性があったため、今回の研究の対象となっている。
本件に関するお問い合わせ

岩手大学 理工学部 化学?生命理工学科 生命コース
准教授 尾﨑 拓
019-621-6349
tozaki@iwate-u.ac.jp